リレー小説

サコピョンの心臓


1


 30万年前は深海底だった地層から、その「物体」が発見されたのは今から2週間前の事だった。プロジェクト発足以来20年余、初めてもたらされた成果らしい成果に、局内は一瞬沸き立った。著名な考古学者、地質学者、先史文明研究者などが招聘されたが、その「物体」が何であるかについて、手がかりになるようなコメントを出来る人物はまだ現れていない。
「こんな変なものは、いままで見た事も無いわ」
頑丈な台の上の「物体」を睨みながら、メイヨ博士は他の高名な学者達と同じ反応を示した。
オパールのような微妙な色彩と光沢を放ち、一辺が54cmの立方体に、長さ65cmの紡錘状の突起が4つ付いている。重さ約500kg。内部に空間が有り、なにかドロリとした液体が入っているらしい。組成は調査中だが、発見から2週間経っても詳しい事は判らない。
見ようによっては、爆弾か機雷のように見えるかもしれない。しかし、それが発見された地層の年代から、その可能性は否定せざるをえない。
「どう見ても、人工物のようだけど…なにか、生き物みたいな生々しさを感じるわね」
アキコ・メイヨ博士。27歳。ハワイ大学で教鞭をとる、若き鉱物学者である。
「みなさん、カワダ班から報告がありますので、至急お集りください」
そう言いながら、コーディネーターのオルーク氏が入室してくると、続いて数人の外部の科学者とカワダ班のスタッフがゾロゾロと入室してきた。「物体」の組成を調査しているカワダ班からの緊急報告。なにか発見があったに違いない。メイヨ博士は「物体」の前のスペースを、チームリーダーの河田教授に譲って発表を待った。

凡力本店(HB) 2004/12/14


2


「こいつの正体が判明したよメイヨ博士っ!」
「まあ、教授、これはいったい何ですの?」
「ふふ、論より証拠だ。さあ、君たちやってくれたまえっ!」
 河田ゼミの学生達四人が謎の「物体」にとりついた。
四本出ている突起をそれぞれ持って持ち上げようとする。
「無理です。500kgもあるんですよ」
「ハハハ、見ていたまえっ!」

 学生達はエイサッのかけ声も勇ましく物体を持ち上げた。
「まあ、一人頭125kgを持ち上げるなんて信じられないわ」
「四人が突起にとりつくと、力学的にバランスが取れて持ち上がるようなんだよっ! それだけではないよっ!」
 学生達は河田教授のかけ声に合わせて「物体」を揺すり始めた。
 「物体」はブーーンと音を立てる。上面の色が変わり始めた。

 メイヨは上面に触ろうとした。
「ノーッ! メイヨ博士、危ないっ! 熱いんですよっ!」
「熱い?」
 河田博士はタッパウエアを懐から取り出し、中の肉を上面に置いた。
  香ばしい匂いを立ててみるみる肉が焼ける。
「まさか、古代の……、調理器具なんですか」
「オー、イエース! メイヨ博士っ! その通りなのさっ!」

 河田は次々に肉を置いていく、カルビ、ロース、レバ、タマネギ、ピーマン。
 さらに懐から濃い色の瓶を出した。
「……泡盛『春雨』」
「研究は一休みして、ちょっと宴会なんてどうだいっ!」
 ハハハと河田は快活に笑った。
 コーディネイターのオルーク氏も笑った。
 外部の科学者も笑った。
 メイヨは瓶を見つめながら、ごくりと喉をならした。

 研究室は宴会に突入した。

 よく焼けたカルビを『物体』の上部からつまむ。
 たまらないな。と春雨を流しこみながらメイヨは思った。
 荒々しく研究所のドアが開いた。
 雨に濡れたネイティブアメリカンのような娘がそこに居た。
 宴席は静まりかえった。
 メイヨが『春雨』をぐびぐび呑む音だけが響いていた。

「サコピョンの心臓で肉を焼くのはやめてーっ!」

かわうそうータン 2004/12/17


3


「カット!!、カッ〜ト!!!」
ラフに見えるが、実は金がかかっている格好をした男の声が響く。
「こんなの台本にないぞ!どうなってるんだ!!」
「スイマセン!!」
見るからに使いっ走りの男が頭を下げる。
「とりあえずカメラ止めてくださーい」

メイヨは『春雨』を模した水の入っているコップを置き
「だれ、アレ?」
と、警備員となにやらやりあっている女の子を力なく指差し
疲れたような表情でADに問い掛ける。
「え、えっと…確か台本には、こんなシーンないんですが…」
ADの慌てようを見ると、どうもドッキリの類ではないらしい。
そもそも、今現在収録している番組が、ドッキリだかお笑いだかドラマだか
よくわからないような、中途半端な番組だ。
ディレクター曰く「未知の物を面白おかしくドラマ仕立てで紹介する画期的な番組」
だそうだが、「アホくさ」と思っているのはメイヨだけではない。

そのアホくさい中で、調理器具として台の上に乗っている『物体』だけは
本物という話だった。わけのわからない物に本物も偽物もないのだが
どういう原理で熱が出ているかは一切わかっていない。

「まったく、もう…、わけのわからない番組にわけのわからない物体、
で、挙句の果てにわけのわからない人の登場?」
予期せぬ客にてんてこ舞いしている現場を尻目にメイヨは深くため息をついた。


ふと、目の前に影が出来る。
顔を上げると、警備員を引きずりつつ、闊歩してきた侵入者の女の子がいた。
「あなたは、サコピョンとの相性がよさそうですね」
メイヨはいぶかしげに女の子を見る。
「サコピョンは心臓のみでは動くことすら出来ません。しかし、体があれば…」
女の子は不思議な色の瞳でメイヨを見つめた。

小さな音 2004/12/18




 タレント秋田まち子は今年で25になる。この業界に入ってからは10年くらいか。番組のアシスタント、レポーター、死体役A、等、いろいろな仕事地道をこなし、最近になってやっと役者としてセリフをもらえるようになってきた。といってもバラエティー番組に挿入されるミニドラマのような役名もない仕事ばかりであったが。
 アキコ・メイヨ役の今回の仕事は初の役名のある仕事だった。まち子にとってやっとのことで掴んだチャンスだった。たとえ、それがノリでだされた企画に勢いでOKがでてしまったような、アホくさい番組の仕事であっても。
「ねえ、あなたのお名前教えてもらえるかな?」
 まち子は目の前の少女をなるべく刺激しないようにそう尋ねた。
 少女の後ろには屈強な大男のガードマンが二人。ちからづくで少女を連れていこうとしていたが、なぜか少女はびくともしなかった。それは異様な光景だった。
 しかし、まち子はその光景を見なかったことにした。今、目の前にいる少女はきっと迷子かスタッフの家族とか。そう思い込もうとした。目の前の状況を異様であると認めてしまったら、せっかく掴んだチャンスがふいになってしまうような気がしたから。
 見なかったことにすることに関しては、ちょっとは自信のあるまち子だった。
「私は・・・」少女は一瞬考えるような顔になり「ササヒカリ」と答えた。
「へぇ〜、かわいいお名前ね。」
 少女はどうみても日本人ではなかったが、ササヒカリという名がどこの国で一般的な名前であるかはまち子にはわからなかった。
「あなたの名前を教えてもらえますか?」
「えっ、わたし?わたしはまち子。秋田まち子」
 芸能人なのに名前を聞かれるということにへこみつつも冷静にまちこは答えた。
「まち子・・・」
 少女はそうつぶやくとまち子の目を、その不思議な色の瞳でじっと見つめた。そのとたん、まち子の脳裏にさまざまな記憶がどっと沸きあがってきた。今までに出会った人々、色々な景色、懐かしい匂い、そして焼肉の匂い・・・。焼肉?!
「だから焼かないでっていったでしょ!!!」
 少女の怒り声でまち子ははっと我に返った。
 少女の視線の先にはサコピョンの心臓と呼ばれた謎の物体。そして周りには焼肉をほおばりつつあとずさるディレクター、AD、警備員。
「人に面倒おしつけてこいつらわ・・・。」
 少女とは別の意味で怒りが湧き起こるまち子だった。

うおつら 2004/12/21


5


・・・気が付くとそこには、唯一面の灰色の壁だけがあった。
体中が痛く、余り動かないようだ。周囲を見回してみる。
目に付くのは、左手側に構えた小さな覗き穴のある重そうな錆びた鉄扉とその向かいに空いた太い鉄格子の嵌った窓、
明らかに自由を奪う目的で作られた悪意の塊のような拘束衣を着た自分、仄かに腐臭の漂う冷たいコンクリートの空間。
そして、自分の横たわる固いベッド。
秋田まち子は、痛む頭を抱えながら何故自分がココにいるか、思いを巡らせる。

あれは、ササヒカリと名乗る少女が現れたテレビスタジオで起こった。
ディレクター達がサコピョンの心臓で焼き上げた焼肉に舌鼓を打っていた時のことだ。
「あなたたち・・・心臓に養分を与えてしまったわね。なんてことしてくれたの!」
「え?養分ってなに??ってか貴方どうやってここに入ってきたの!?」
「あちゃーササヒカリさん、ばれちゃいましたか。でも、この程度なら心配いりませんよ。」
「もう遅い・・・。ほら、まち子さんに兆候が出始めてるじゃないの!
 仕方ない、あなたたち全員、拘束させて貰うわ」
「え?えええ!?ああこここれはいったいななななななに!ああぁぁぁあぁああ!!」
そうだ、思い出した。少女の合図と共に妙な装束の集団がスタジオになだれ込み、そのまま気を失ったのだ。
気を失う瞬間のことは良く覚えていない。おぼろげに、何かがはち切れそうになった感触だけが残っている。

それにしてもここは一体何処だろう。身体を捻り、窓から外を覗く。
どんより曇った空と、よくある工場の様な建物がそびえている。
工場では何を作っているのだろうか、金属を叩く音やなにか重い物を引きずるような音、そして時折悲鳴のような甲高い音が聞こえる。
人影はなく、時折うす寒い風と共にムッとするような臭いが吹き込んでくる。
「気が付いたみたいね」
後ろから声が掛かる。件の少女が覗き込んでいる。
「あ、あなたササヒカリさん!?一体どうなってるの?ここは何処?なんでこんな事するの??」
「一遍にたくさんの質問をしないで頂戴。いづれ、全てわかるわ。それまでは不自由でしょうけどこのままにしておきます。
 あなたは、大事なサコピョンへの捧げ物だから・・・」
「ちょ、ちょっとまってよ!それだけじゃ何もわかんないわよ!!ねぇ捧げ物ってなに!?生け贄にでもするつもり!!?
 それに、他の人達はどうなったのよ!」
「本来なら、あなたがここに来る予定はなかったのです。オルーク氏を始めとした番組クルーと私たちは
 サコピョンへの捧げ物を探しだし、合意の元で儀式を行うつもりでした。
 しかし、彼らはサコピョンを甘く見ていたようです。あなたの存在も、予定外でした。
 仕方がなかったんです、あのままでは大惨事になるところでした」
「じゃあ、ディレクター達は事情を知ってるのね?」
「そうなりますね」
「で、なんであたしゃここに拘束されてんのよ!ナニこの独り抱きみたいな服は!!」
「その拘束は、貴方のためでもあるんです。私があの場で止めなければ、貴方も他の方々もこの程度では済まなかったんですよ。
 たまたま様子見で顔を出したから良いものの・・・。
 幸か不幸か、ともかく貴方はサコピョンとの相性が良い様です。このまま、儀式に移行します」
「はぁ・・・よくわかんねッス。とりあえずわたしゃどーすりゃいいんで?」
「しばらくそこにいて下さい」
 
覗き穴から消える少女。あとには、不安を刻み込むかのような靴音だけが響いていた・・・。

kai 04/12/22


6


 遠ざかる靴音。それと共に遠ざかる意識。


 まち子は、あまり馴染みのない人達と、頑丈な台の上の「物体」を睨んでいた。
オパールのような微妙な色彩と光沢を放ち、一辺が54cmの立方体に、長さ65cmの紡錘状の突起が4つ付いている。
"この光景は…?"
「みなさん、カワダ班から報告がありますので、至急お集りください」
数人の人物が部屋にゾロゾロと入室してきた。まち子は自然と「物体」の前のスペースを空ける。そしてそのスペースに割り込む中年の男性。
"あ、そうだ。この人は河田教授役の…ヤマガタ…そう、確か山縣ツバサさん。そっか、これアホくさい番組の撮影だったっけ"
「こいつの正体が判明したよまち子くんっ!」
「まあ、山縣さん、これはいったい何で…あ、すいません、台詞間違えました!もう一回お願いします!」

「は?何を言ってるのかねまち子くんっ!?」
「え…?」
「まぁいい、続けよう。これはあのサコピョンの心臓だったんだよっ!」

河田役の男性の言葉と共に何か違和感を覚えるまち子。思わず部屋を見回す。真っ白な四角い部屋。上を見上げると真っ白な天井と蛍光灯。
"あれ?カメラは?スタッフは?ここはスタジオじゃない…??"
番組撮影ではない事にようやく気づくまち子。元々かなり鈍い性格の彼女は、誰でも気付くような事に気付かなかった。山縣と名乗っていた男性の言葉は続く。
「そしてサコピョンの心臓で焼いたピーマンを食べても何の拒絶反応を起こさなかったまち子くんの身体が一番その器にふさわしいっ!!」
山縣の大きい声が更に大きく部屋に響き渡る。
"なぜにピーマン…?こういう場合は普通アメ○カから密輸された牛肉の方とかじゃ…"
見当違いな疑問をもつまち子。そんな彼女の両脇を固める大柄の妙な装束の2人。あっと言う間に隣にあった手術台のようなものに乗せられ、手足を拘束される。

「さあ皆さん、儀式を始めましょうか」
声のする方を見ると手術台の横にはネイティブアメリカンのような娘が。
「ちょっ…ササヒカリさん!?今度は一体何をするの?器って何?儀式って…?」
「ササヒカリ?…私の名前はコシニシキ」
よく見るとササヒカリとは顔が微妙に違う。服装も違う。彼女だけではない。山縣やオルーク役のショー・ハヤテも別人のようである。
「先ほど説明があった通り、アナタはサコピョンの器にふさわしい。これからアナタの身体を少しいじらせてもらいます」
「説明ってアンタ、ピーマン食べたってだけじゃない!大体ササヒカリさんは捧げ物って…いじるって何を…う、うわぁぁ!や、やめろ、やめろ○ョッカー!」


 …あまり緊張感のない絶叫が白い部屋の中に鳴り響いた。

Bonnie 2004/12/24


7

 
「さてと…」
コシニシキと名乗った女の子が一歩前に出る。
「もうちょっと、待っていてくださいね。もう少しで「役者」が揃いますから…」

…いくら鈍いまち子でも、この場合の「役者」が
比喩的な意味であることは、周りの雰囲気からも感じることが出来る。
心の隅には、ドッキリであって欲しいという気持ちも残っているが
まち子がハリウッド映画のヒロインになるくらい、可能性が低いようだ。

ガギギギ…。
鉄がきしむ嫌な音とともに後ろの扉が開いた。
扉のほうを見ようとするが、拘束されているまち子にはそれが出来ない。
「なに?!」
「儀式を盛り上げる脇役の登場よ」
ガラガラとキャスターのまわる音とともに簡易ベッドが1つ、2つ、3つと
運ばれてくる。
そして1つめのベッドが視界に入る。
「キャ!」
まち子は思わず、顔を赤らめた。
ベッドの上には男が横になっている。しかも全裸で。
思いがけないものが運ばれてきたので赤面してしまったが、それも一瞬のことだった。
男の顔を見て一気に背筋が凍りついた。その顔は紛れもなく山縣だった。
まち子が驚いているのを見て山縣そっくりの男が、にやりと笑う。
「山縣さん!」
まち子が叫ぶが返事はない。
死んではいないようだが、寝ている感じでもない。
日本語としてはおかしいかもしれないが「生きている死体」と言う表現がぴったりくる。
蝋人形に血が通っているような、どうにも不思議な状態であった。
そして、動揺しているまち子をよそに残り2つのベッドも並べられた。
2つのベッドには、それぞれ、ササヒカリ、ショー・ハヤテが裸で横たわっている。
山縣と同様に「生きている死体」のようだ。
「なによ、なによ、なによー!!これはー!!!!」
まち子は思わず叫んだ。
「あら、あら、そんなに騒がないで、まだ主役が登場していないのに」
コシニシキはそう言い、ササヒカリの「生きている死体」に趣味悪く指を這わせた。


3つのベッドが運ばれてから5分くらい経っただろうか、不意に扉が開いた。
「主役が来たみたいね。」
コシニシキは扉から入ってきた人物に手招きをする。
「さ、まち子さん。この人が今日の主役よ。よく知っている顔でしょ?」
足音とともに、その人物がまち子の視界に入ってくる。
確かに、まち子が良く知っている顔だった。

「わ!わたしがいる!!?」
入ってきたのは全裸のまち子だった。

小さな音 2004/12/25


8


「わ!わたしがいる!!?」
入ってきたのは全裸のまち子だった。

「さあ、それでは儀式を始めましょうか・・・」
コシニシキの手が、まち子に近づく。
と、その時!!
「はははははは!さあまち子さん!!キミを迎えに来たよ!!」
突然開け放たれた扉の向こうで、若いラテン系の男が仁王立ちで叫ぶ。
「お、おまえサンライス!何でアナタがここに来てるの!」
「気が変わった。まち子さんをもらってくよ」
「冗談は顔だけにしなさい!!」
それぞれが勝手にわめき、その元凶であるサンライスはずかずかとまち子に近づく。
「おのれ、邪魔はさせない!行けダミー達!!」
それまでおとなしく横たわっていた山縣、ハヤテ、そしてササヒカリまでが立ち上がり、
ぎこちない動作で入り口へ向かって殺到する!
「なんだ、未だにこんなゼリーを使ってるのか。ダメだなコシニシキちゃん」
サンライスはごく自然に、手にした小さな破片をダミーと呼ばれた山縣達へ向ける。
じゅわっ!
跡形もなく消え去るダミー。呆然と立ちつくすコシニシキ。
「あんたなんてもの持ち出してんのよっ!それ、サコピョンのしっぽじゃないの!」
「そうさ。だって便利なんだもん。いいだろこのくらい?」
「良いワケないじゃないの!あーもう、どうなっても知らないからね!?」
「まーカタいことゆうなや。どうせあんた達がもってても宝の持ち腐れだよ」
「とにかく危ないからそれをこっちに向けないで!」
「まち子さんは連れて行くよ。その拘束を解いて」
「・・・わかったわ。後でどうなっても知らないんだから」
コシニシキが悔しそうな表情でまち子の拘束を解く。
「ついでだから、そっちのダミーまち子さんも連れて行くよ」
「勝手にしなさい!直ぐに実働隊が追いつくわ!!」
「さあ行こう」
ベッド上で呆然とするまち子に目配せをし、ダミーの手を引いて扉から出て行く。

「ダミーまち子じゃ呼びにくいな、ダま子さんとか呼ぼうか」
「・・・あなた、確かADの一人だったでしょ。分かんないことだらけよ、全部説明して。
 あと、呼び名はD子ね。」
小走りで白い部屋を離れつつ、全裸のD子にさりげなく白衣を渡すまち子。
「説明は後だ。急がないとキミの身体が崩れる」
「えー!何で!?」
「キミ、あのピーマン食べたよな?常人なら汚染で5秒と保たないハズなんだよ。
 今まで何ともないのが不思議なくらいだ。ま、だからこそ器たる資格があるって事なんだけどね。
 ともかく急いで俺のアジトで処置しないと・・・ってあれ?まち子さーん!?」
まち子だと思って話しかけていたのはD子で、相変わらず表情のない顔をしている。
「そうそう都合良く連れ廻されて堪りますかっての」
得体の知れない何かに流されるより、自分の力だけで逃げてみせる。
まち子は、下積み時代に経験した幽霊屋敷のレポーターを思い出しつつ、
出口を求めて彷徨うのであった。


kai 04/12/30


9

 まち子は逃げた。
 そして五年の歳月が過ぎ去った。
 まち子はいま、アルゼンチンに居た。
 逃亡するならアルゼンチンなのだ。

 三年前の春、まち子はアルゼンチンのスラム街で行き倒れ、親切なパン屋さんに拾われて手伝いをして暮らしている。
 今はもう、ベーグルも焼けるようになったし、ケーキなどもお客さんに好評だ。
 パンのケースを古ぼけたワーゲンのバンの後部に運び入れながら、まち子はふと、東京であったあの謎の事件の事を考えている自分に気がつくことがある。
「サコピョンってなに?」
 青空に浮いた白い雲に問いかけてみるが勿論答えは返ってこない。
 ふうと一息吐いてまち子はバンの扉を閉める。アルゼンチンの春は遅い。すこし肌寒い。
 汚染。ピーマン。サコピョン。ササヒカリ。コシニシキ。AD。偽まち子。
 五年前の事件は何だったんだろう。
 まち子が運転席に回ろうとしたとき、東の方向から光の矢のような物が飛来して、パン屋さんが爆発した。
 ちょうどワーゲンが盾になってまち子に被害は無かった。
 まち子が精魂こめて焼いたパンと、パン屋の主人夫婦が細切れになって当たり中に降っていた。
 まち子は茫然と炎上するパン屋を見つめていた。
 腰に響く重い音が東の方から聞こえてきて、まち子は振り返った。
 そこには巨大な人型の大きな物体が家々の上に立ち。辺りを睥睨していた。
「オーノー、サコピョン!」
「ジザーズ、サコピョン!」
 アルゼンチンの人々が口々に巨像を差して悲鳴を上げていた。
「あれが……、サコピョン?」
『あっはっは、見つけたよまち子、さあ、サコピョンの供物になるんだっ!』
 懐かしいとも思えるあのコシニシキの声がアルゼンチンの街に響いた。

かわうそうータン 2005/01/01


10


 ブエノスアイレスのスラムに突如現れた巨大な巨像。その頭部に人影が見える。
太陽を背にした巨像の頭部にまち子は目をこらす。眼鏡をかけてはいるが、実は視力はかなりいい。
そこに声の主、コシニシキがいた。
逆光になってハッキリとは見えないが、5年前の姿のままの彼女がいる。

「なぜアナタがこんな所に…しかも歳取ってないし!ってかそのでっかいのナニ!?」
「相変わらずまち子は質問ばかりね。これがサコピョンよ。まだ完全体ではないけどね」
そう言いながらゆっくりとまち子に近付くコシニシキとサコピョン。
「さぁ、大人しく私達の元へいらっしゃい。その方がまち子のためでもある。さもなくば…」
閃光と共に突然まち子の側のアパートが爆発する。
「あまり手荒な事はしたくないの。さぁ!」
"手荒な事はって…既におじさんやおばさんや、それに私の大切なパンを吹き飛ばしたくせに!"
少しずれている怒りが湧くまち子。しかしこの状況では逃げる事は出来そうもない。
街はパニックになっていて、逃げ惑う人々で溢れかえり、人の悲鳴が響き渡る。
「フハハハハ!人がまるでゴミのようだ!さぁまち子!」
これ以上被害が拡大するのを恐れたまち子は、仕方なくコシニシキの言う通り彼女の元へとゆっくりと歩き出した。
「そう、それでいいのよまち子。これでサコピョンは…フフフ」


「待てセニョリータ!」
その時歩き出したまち子を呼び止める声が。見ると若いラテン系の男が。そう、サンライスである。
彼もまた5年前と同じ容姿をしていた。
「あ!アナタは…って誰だっけ?」
5年前、仕事としてたった数回しか会ってない男の名前など忘れているまち子。ただその冗談みたいな顔だけは覚えている。
「忘れてしまったのかい?酷いぜセニョリータ。いや、そんな事はどうでもいい。あの連中の所に行ってはダメだ!」
「サンライス!また邪魔をするの!ええい、なぎ払え!」
コシニシキが声を荒げる。そしてサコピョンから生えた尻尾のような所から閃光が。
「危ないまち子!」
サンライスもまた、以前サコピョンの尻尾と呼ばれていたものでまち子を庇い応戦する。
「今のうちに行くんだまち子!」
「行くって何処へ…」
「こっちよまち子!」
振り返るとそこにはササヒカリの姿が。彼女も容姿が変わっていない。
「一体どうなってるの?」
「説明は後。今はとにかく行きましょう!」
「彼女と一緒なら大丈夫だ!行けセニョリータ!」
「おのれササヒカリィィ、サンライスゥゥ!!」


 言われるままにササヒカリに連れられその場を離れるまち子。サンライスはまだ戦っている。
ササヒカリの後を追うまち子にはどうしても納得のいかない事があった。

"なんで私だけ歳とってるの?"

Bonnie 2005/1/4


11


ふたりは逃げた。ひたすらにげた。途中、ハリウッド映画ばりのカーチェイスがあったり、現地の内戦に巻き込まれレジスタンスとして活躍したり、レジスタンスの仲間とまち子が恋に落ちたり、その恋人が死んだり、落ち込んだりもしたけれどまち子は元気です・・・まあ、色々あった。
気がつけば、アルゼンチンを逃げ出してから5年の歳月が経っていた。
そして戻ってきた。日本へ。

ここは新潟。二人は海の見える寂びれた民宿に今は身を寄せていた。
冬の日本海の荒波が海際の断崖を容赦無く叩きつけ、それが巻き上げる水飛沫が見る者の心を沈ませる。
「クライマックスはやっぱり冬の日本海よね。ふふ・・・」
誰に言うとでもなく、まち子はそうつぶやいた。
「ねぇ、ねぇ、まち子、温泉いこう」
そういいながら、ササヒカリがまち子の袖をひっぱる。
「さっき入ったばかりじゃない。あなたって本当に温泉すきねぇ」
「え〜、だって私初めてなんだもん、あーいうお湯溜まりにつかるの。お湯につかるってことがあんなに気持ちいいものだなんてしらなかったよ」
「へ?あぁ、そう・・・。それじゃいこっか」
「わーい」

以下、サービス的な描写が40行程。各自妄想されたし。

「はぁ〜いいお湯だった・・・ん、どうしたの?」
「私のちっちゃい・・・」
そういいながらササヒカリは自分の胸のあたりを寂しそうに見つめた。
「何言ってるの、あんたまだ若いんだからこれからよ」
若い、確かに若い。ササヒカリは、初めてまち子が会った時から歳をとっているようには見えない。あの時の15歳くらいの少女のままであった。
ふと、まち子は現実に戻された気がした。この少女は一体なんなのだろう・・・?
「ササヒカリ・・・あなた、なんで歳をとらないの?」
「え?ああ、そっか。まち子にはそう思えるのか。でもね、歳をとっていないのは私だけじゃないよ。まち子だって歳をとってないよ」
「へ?」
確かに、まち子はもう35になるはずなのに、まだ20代といっても通じるくらいであった。肌だって、ピチピチとは言えなくても、客観的に見てスキンケアに必死になり高価な化粧品を買い漁る程ではない。まあ、必死にスキンケアはしているのだが。だって、女の子だもん。
「私が歳をとっていないってどういうこと?」
「それは・・・」
そういうとササヒカリは目をふせ口篭もる。

コンコン。
部屋のドアをノックする音がした。
「夕食をお持ちしました〜」」
そういいながら、女中さんが6人ほど入って来た
先頭の女中さんの持つ大皿には山盛りの野菜、海鮮類、肉。
後ろの4人が持っているのは鉄板焼きをするための・・・サコピョンの心臓!!
そして・・・
「よう、おまたせ」
最後に入ってきたのはサンライスだった。


うおつら 2005/01/11


12


「サンライス!見て!…これ…サコピョンの…あの、サコピョンの…」
とおい昔に…そう、かれこれ10年も前に見た、忘れもしないあの独特の形状。
サコピョンの心臓と呼ばれた、あの物体との唐突な再会に、まち子はうろたえた。そして今、部屋に入って来たばかりのサンライスの腕にしがみついた。10年前の、あの日。サエない、無名のタレントだった自分の日常が、波瀾万丈の人生に変わったあの日。
怒濤のように、忘れかけていた記憶が蘇ってくる。アキコ・メイヨ博士役という、初めて役名の付いた仕事をゲットしたこと。アホくさい番組の収録。奇妙な焼肉パーティー。謎の少女「ササヒカリ」と双子のような「コシニシキ」。謎の儀式。「生きている死体」。南米への逃亡。親切なパン屋夫妻。怪獣サコピョン。そして、ラテン系の謎のイケメン、サンライス。
「サンライス…」
まち子は、一層強く、サンライスにしがみついた。

「まち子さん、やっと戻って来れたみたいね。よかった。」
背後から、ササヒカリの声。
「…?やっとって…なに?何を言ってるの、ササヒカリ…さん?」
「ずいぶんと、遠く長い旅をしてきたんじゃない?…まだボウッとしてるみたいね。…かなり強力な薬を投与したのでムリも無いけど」
この声は、今、まち子がしがみついている人物が発している声だ。
「え?サンライス?」
顔を見上げた。まち子がサンライスだと思って、しがみついていたのは、ササヒカリだった。
…………違う。ササヒカリにそっくりな、その少女は…そう、コシニシキだ。

「え…?ここは…どこ?…おじさん…おばさん…サンライス…ハッ?!……サ、サコピョン!!」
まち子は、ベッドの上に半身を起こし、なおもコシニシキにしがみついている。周りを見回す。真っ白な四角い部屋。上を見上げると真っ白な天井と蛍光灯。

「もうそろそろ、意識をしっかりさせてもらわないと。夢見状態では儀式は行えないわ。」
淡々と、コシニシキが言う。
「ど、どうして?…私…ずっと昔にここから…逃げて…ブエノスアイレスに…サンライスが…それで…新潟の民宿で…温泉に入ってたら…サコピョンの心臓が…」
状況がつかめない。目眩がする。
「ここは日本よ。残念ながら新潟の民宿じゃないけどね。」
コシニシキが、ちょっと意地悪そうに言う。
「サンライスって誰?もしかしてアナタを危機から救ってくれるヒーローかしら?…ふふ、妄想でいろいろ作り出したみたいね。まち子さん、アナタ、どうしてもこの物語の主人公になりたいみたいね。」

目眩を感じながらも、コシニシキに自分の役者魂を揶揄されたような気がして、まち子はムッとした。
改めて室内を見回すと、見覚えのある人々が自分の周りに立っている。
河田教授役の俳優、山縣ツバサ。なぞのプロジェクトコーディネーター、オルーク氏役のショー・ハヤテ。番組ディレクターの中年男性。河田ゼミの学生役のうち、リーダー格の青年A。そして、それぞれの人物に顔も体格もそっくりな、まるで双子の片割れのような人物が一人ずつ、その横にならんで立っている。そして全員が、ベッドに半身を起こしてポカンとしているまち子を見守っている。
「薬を投与してから、ちょうど2時間ね。まち子さん、みんな先に目覚めて、アナタが戻ってくるのを待っていたのよ」
そう言うコシニシキの隣には、コシニシキにそっくりなササヒカリが立っている。

「じゃあ、今までの事は…現実じゃなかったの?私の10年間は…全部夢?…え…でも、どこから?」
混乱して、どこからどこまでが現実なのか判らなくなってしまった。
「かわいそうなまち子さん。確かな事は、あなたは25歳の無名のタレント、秋田まち子だということ。そして、予定されてはいなかったけれど、今は「儀式」の一部になっていること。そして、「儀式」はもうすぐ始まるってことね」
コシニシキが淡々と答える。
「儀式って…あ…サコピョン!!あの、怪物が…!?」
まち子は、ぶるっと身震いをした。
「まち子さん、アナタはサコピョンの事を、巨大な怪獣かなにかだと思っているようね?それは見当違いだわ」
コシニシキは、おもむろに、まち子のベッドの枕側、半身を起こして座っているまち子からは死角になる方を指差した。まち子が振り向くと、そこには彼女自身にそっくりな、もう一人の「まち子」が立っている。
10年前……いや、2時間前か…「生きている死体」と思われた、自分の分身のような彼女は、いまや生き生きとした瞳でこちらを観察しているようだ。もう全裸ではなく、なにか変な模様の服を着ている。そういえば山縣、ハヤテ、ディレクター、学生Aのダミー(と言って良いのか?)たちも、同じ模様の服を着ている。彼らは、いったい何者なのだろう。双子でないとしたら、なぜこんなにも顔かたちが似ているのだろう。(これからアナタの身体を少しいじらせてもらいます)…あの言葉の意味は?

「なぜ、みんなウリ二つのペアになっているか、解る?」
コシニシキが、その場に居る全員を指し示しながら、まち子に質問する。解るわけが無い。
「自然界の右側と左側を象徴しているの。安定していると言われるシンメトリーな状態。でも、そっくりに見える半身同士が、じつはそれぞれを補い合って均衡を保っているの。」
「???」
わけが解らない。

<左脳は、言語の処理と論理的な思考を司る>
<右脳は、無意識脳または潜在意識脳と呼ばれる>

「まち子さん、あなたは「あなた」の右半身なのよ。右半身を司るのは左脳。論理がパニックを起こしてボウッとしているわね。ムリも無いわ。あちらの彼女を見てご覧なさい。「あなた」の左半身を。じつに生き生きとしているわ。この状況を楽しんでいるようにも見えなくて?」
「あの、女が?!あれが私の左半身だっていうの?」
「右脳が解放されているのよ。彼女は、秋田まち子の右脳。今日の主役は、アナタじゃなくて、むしろ彼女の方だわ」
……なんでそうなるのか。まだ目眩を感じながら、「左脳」のまち子は、不満だった。

「もう少し説明してあげましょう…私とササヒカリは、30万年前に地球を支配していた、優れた人類の末裔なの。“古代超人類”とでも言ったら解りやすいかしら。」
コシニシキが続ける。
「今は失われてしまった、魔法のような科学技術で全世界を支配していたの。ちょうどその頃、あなたたちホモ・サピエンスの祖先は、猿のような下等な動物だった。私たちの祖先、古代超人類は、猿のような原人を飼いならしていたのよ。ペットのように。奴隷のようにね。」

〜 それより、すこし前のこと 〜

南ドイツ。黒い森(シュヴァルツヴァルト)と呼ばれる広大な森林地帯のただ中に、「ミッヒの丘」と呼ばれる、なだらかな碗型の丘陵がある。昔から、何らかの古代遺跡ではないかと噂されていたものの、学術調査がされたことは無かった。

穏やかな日の昼下がり、突然の轟音とともに丘の頂上部分が陥没した。局地的な地震が起ったが、周囲数十キロにわたって民家は無く、異変を感じ取った人間は居なかった。
陥没した部分から、オパールの光沢を放つ不思議な物体が、東の空に向かって猛スピードで飛び立ったのを、気付いた人間も居なかった。

凡力本店(HB) 2005/01/14


13


「あなたたちは、サコピョンの心臓を目覚めさせてしまった。もう後戻りは出来ない」
コシニシキが続ける。
目の前の、頑丈な台の上には、あの物体が在る。
オパールのような微妙な光沢を放ち、一辺が54cmの立方体に、長さ65cmの紡錘状の突起が4つ付いている。
サコピョンの心臓と呼ばれる、あの物体。
「目覚めさせたですって?…私たちが何をしたっていうの……あっ?!もしかして、ピーマン??」
「左脳」のまち子がまた、混乱する。
「儀式を粛々と進めるしかないわ。そして、それを執り行うのが私たち、心臓(ハート)の巫女の勤め。」

コシニシキがそう言ったとき、それまで黙っていたササヒカリが、突然叫んだ。
「サコピョンの心臓は、特殊なタンパク質に反応すると目覚めるようになっているの!…私たちの一族は、何十万年もこの時が来るのを恐れ、また期待してもいたの…恐れていた…待ちこがれたその時が…いま、やって来たの!」

「特殊なタンパク質…?…や、焼き肉かっ??」
山縣(の片方)が叫んだ。この山縣は、右側なのか、左側なのか?どこまで状況を知らされているのだろう。
「そう、しかもあの牛肉には、BSEの元凶といわれる異常なタンパク質プリオンがたっぷり含まれているわ。その病原性プリオンこそが、サコピョンの心臓を目覚めさせる鍵なのよ」
コシニシキが説明する。

「な、なんだって?結局BSEネタかよ!それにしても君…あの肉はどこで買って来たんだいっ??…ちゃんと、高級黒毛和牛を買ってくるようにって、金を渡したぢゃーないかっ!」
ディレクター(たぶん左脳)が、学生役の若者に向かって、情けない声で問いかける。
「も、申し訳ありませんっ!あずかったお金を使い込んじゃって…(^ ^;;) それで“牛丼の与謝野屋”の倉庫に忍び込み、(処分)と書かれた、いかにも怪しい冷凍肉を大量にかっぱらってきてしまいましたっ!」
「なんだとっ!…それを…俺たちは食べたのか?食べてしまったのかっ…きょ、狂牛病…」
「心配することは無いわ。もうすぐ審判の時がやってくる。もうすぐよ。”裁定者”が来れば…」
と、コシニシキ。
「裁定者ですって?」
ベッドから降りながら、まち子(左脳)が聞く。
「そうよ。私たちの祖先”古代超人類”は、未来に向けて、ある仕掛けを作ったの。私たちは、かつて完璧だった。非の打ち所の無い、完璧な人類だった。でも、どんなに完璧な存在でも、長い長い時の流れの中で、決して良い方向にだけ変化していくものではない事も解っていた。逆説的だけど、それくらい完璧だったのよ(笑)。それに、下等なサルのようだった旧人…つまりあなた方の祖先も、進化の過程で相応の悪知恵を付けていくことも考えられた…実際、そうなって来たのだけど。で、ある時点で、そのとき生き残っている人類が「良きもの」か「悪しきもの」かを判定する仕掛けを作ったの。判定して…裁きを下す。それが裁定者よ。」

「判定って…それが焼き肉なの?!焼き肉焼いただけで“悪しきもの”になっちゃうわけ??」
まち子(左脳)が、食い下がる。(右脳)のまちこは、先ほどから一声も発さずに、ベッドの枕元で微笑んでいる。不気味だ。

「最悪の罪 = 主人の家畜を盗んで、その肉を焼いて食べること。」
ササヒカリが、つぶやく。
「殺人よりも、何よりも、最も罪深い行為とされていた。30万年前のモラルよ。」
と、コシニシキ。
「病原性プリオンは、現在では異常なタンパク質だけど、30万年前に私たちの祖先が食肉用の家畜にしていた、草食哺乳類“チャンコテリウム”の肉の成分とそっくりなのよ。で、サコピョンの心臓が反応しちゃったというわけ。」
「チャンコテリウム…?へんな名前(笑)」
はじめて、「右脳」のまちこが発言した。意外だ。

突然、ショー・ハヤテ(たぶん右脳)が奇声を発した。
「チャンコテ、チャンコテ、パックンコ! こてーっちゃん!」
「それ、こてっちゃんのCMじゃないの!」
「財津一郎かよ!」
「しかも結構古い」
みんな、混乱と疲労のせいで好きな事を言い出した。

まち子(左脳)が、ベッドのマットレスをバンバン叩きながら叫ぶ。
「いい加減にして!もう、ぐちゃぐちゃでよく解らないわ!…で、ということは…裁定者って…それがサコピョンなの?」
コシニシキが答える。
「いいえ…サコピョンというのは、裁定者の一部でしかないの。気付かない?さっきから右脳、左脳とか、右半身、左半身とか、シンメトリーとかって話をしていたでしょう?サコピョンの心臓は、本来ペアであったものの片割れなの。サコピョンのサは左、つまり「左コピョン」で、左心房と左心室にあたるわけ」
「なんで日本語で、しかも音読みなんだよっ(笑)」
山縣ツバサ(たぶん左脳)が、情けなく笑う。
「…それは置いといて。じゃあ、右心房と右心室にあたる、「右コピョン」の心臓もあるわけ?」
オイオイ、置いとくのかよっ!という皆のツッコミを無視して、まち子「左脳」がコシニシキに迫る。
「その通りよ。私、コシニシキは、ウコピョンの巫女。ササヒカリは、サコピョンの巫女。別々の場所で二人は同時に生まれ、別々の家族の中で別々に育ち、それぞれの「心臓」を見守って来た…それが、私たち一族が祖先から永々と続けて来た役割なの。実はね、私とササヒカリは、今日、生まれて初めて会ったのよ。でも、ササヒカリはサコピョンの本当の姿を、長い間間違って認識していた。まち子さん、あなたが妄想で作り上げた、巨大な怪物のようなものと思っていたらしいわ。ついさっきまでね。ちゃんと、親から教えられてたはずなのに…この子ったら、ビジュアル感覚が暴走するらしいのよ。右脳だからかしらね?…で、さっき“矯正”をして、全てを思い出したところなの。死人みたいにボーッとしていた、ササヒカリを見たでしょう?ハートの巫女が、正しい認識を持たないまま儀式に臨むなんて…許されない事だわ」

「もう、大丈夫よ。コシニシキ。私、思い出したから。サコピョンも、ウコピョンも、巨大な怪物なんかじゃないって」
ササヒカリは、そう言いながらも複雑な表情だ。
コシニシキが、続けて言う。
「そしていま、ウコピョンの心臓は猛スピードでここへ向かっているわ。だって、あなた方が呼び寄せてしまったんだもの!」

凡力本店(HB) 2005/01/16


14


そのとき、その場に居た全員が、ただならぬ気配を感じて部屋の入り口に目をやった。
開け放たれた扉の中空に、もはや見慣れた物体が静かに浮かんでいる。目の前の頑丈な台の上に置かれた、重さ500キロの物体と寸分違わぬ大きさと形のそれは、やはりオパールのようななまめかしい光沢を放って、空中に静止している。その様子は、まるで長い旅から久しぶりに帰宅した人のようだ。

「ウコピョンの心臓が到着したわ。さあ、儀式を始めましょう」
コシニシキが、高揚した声で言った。
恐れていた、そして待ち望んでいた瞬間。数十万年という長い時間、一族が抱え続けた運命の瞬間。
「私たちの祖先は、裁定者の心臓を2つに分け、ひとつは海の底深く、もうひとつは高い山の頂に安置した。何者かが、どちらかの上で肉を焼いた瞬間、もう一方を呼び寄せるようになっていたの。その時が来なければ、永遠に2つの心臓が合わさることは無かったはず…だけど、あなた方は焼いてしまった!BSEの肉を!サコピョンの心臓の上で!」

空中に浮いて静止していた「右コピョン」の心臓が、ゆっくりと台の上の「左コピョン」の心臓に向かって動き出した。同時にサコピョンの心臓も、重力に逆らって浮上すると、ウコピョンの心臓に向かって動き出した。右と左、それぞれが互いを求めて接近して行く。両方合わせて、1トンもの物体が、浮遊したままランデブーしようとしている!

「さあ、みんな手をつないで。輪になって裁定者を迎えましょう」
コシニシキの高揚した、喜びとも絶望ともとれる声に促されて、その場の全員が手をつなぎ、数珠のような輪を作って「心臓」を囲んだ。離れて見ると、どこかヒト染色体の連なりのようにも見える。

「心臓なのに、なぜ四角い形をしてるんだろう…」
「だって、平らな面が無いと、焼き肉が出来ないじゃない」
「……ということは、最初から肉を焼かせるように…焼きたくなるように作られていたってことか?…罠だったのか?」
「罠かどうか、それはずっと後の時代になって解ることかも知れないよ…もしかしたら…救いなのかも…」

2つの心臓は、空中でぴったりと重なった。互いの平らな面を密着させると、面は溶け合って一体化した。紡錘形に突起した「動脈」と「静脈」は、ぐにゃりと曲がって連結し合い、内部のどろりとした液体を交換しはじめた。「心臓」が機能を取り戻したのだ。

「さあ、裁定者が現れるわ。」
コシニシキの声は、いまや恍惚的でさえある。
ササヒカリは、その隣で、まだ何かを思い出そうとしている。
ドクン、ドクン、と勢い良く拍動を始めた心臓は、なおも空中に有って急激に丸みを帯びて来た。固い、正体不明の鉱物質だった表面は、弾性のある強靭な筋肉に変化していく。爆発的な勢いで猛烈にポンプ運動を繰り返し、成長する胎児の記録映像を早回しで見ているような、めくるめく現象が眼前で展開している。
まち子も、ハヤテも、山縣も、ディレクター氏も、学生Aも、その場に居る全ての人間が息をのんで見守る中………
それは突然終わった。

あっというまの時間だったのかも知れない。
気がつくと、変な模様の装束を着た、もう一人の「まち子」が居なくなっている。
ハヤテも、山縣も、ディレクター氏も、学生Aも、それぞれの片割れが居なくなっていることに気付いた。
まるで、2つに分かれていた身体が、1つに融合したような、奇妙な感覚が全員を襲う。

まち子は、「心臓」が在った場所に目をやった。
「え…これって…」

人間たちの輪の中心には、裁定者が現れていた。”古代超人類”が、現代の我々には想像も出来ないような錬金術で作り上げた罠…あるいは唯一の救い?

コシニシキの声が、響く。
「ウコピョンの心臓とサコピョンの心臓、2つが融合し、裁定者が誕生しました。もう私たちは逃げることも、隠れる事も出来ません。すべてを裁定者、ウサコピョンに託し、審判を待ちましょう。」

「ウサコピョン…」
山縣ツバサが、思わずつぶやいた。それが裁定者の真実の名前だ。
「か、かわいい…」
2頭身で、白くてまあるい頭に、長い耳が2本。ちっちゃな黒い点のような目と、糸でかがったような口もと。幼稚園児が着るスモックのようなものを来て、大きなニンジンを抱えている。

突然、ササヒカリが、目を見開いて、ぶるぶると震えだした。
「うさこ……ミッヒ(ミッフィー)の丘…ま、まさか…」

審判の時が来た。
ウサコピョンが抱えている、大きなニンジンの先端から、6色の光が溢れ出した。あか、あお、きいろ、みどり、ちゃいろ、グレー。
6色の光が、辺りを染めてゆく。あらゆる物体の輪郭が整理され、極度に単純化されていく。
「この光…知ってる。小さい頃からおばあちゃんやお母さんに、なんども聞かせてもらったおとぎ話。世界が終わる時、不思議な6つの色で満たされるって。そして、世界中が6色に染まった頃、生きている人は誰もいないって…それは“ブルーナのまなざし”という光なんだって。とても怖かったけど、ただのお話だって思ってた。…でも、本当の事だったのね」

灰色にくすんだ世界が、どんどんビビッドに、シンプルに、ラブリーになっていく。
儀式に参加したメンバーは全員、空間に張り付いたように硬直した。ただ一人、ササヒカリを除いて。
「ブルーナのまなざし」に浸食されて、やがて世界中が動きを止めるだろう。
ササヒカリは、震えながら辺りを見回した。もう、誰も動かない。息をしているのかさえ、判らない。みんな死んでしまったのだろうか。まち子も、ハヤテも、山縣も、ディレクター氏も、学生Aも。ササヒカリの半身であるコシニシキまでもが、もう動かない。
これは…これが世界の終わりなのかな。私たちは、世界にとって「悪しきもの」だったのかな。ああ、わからない…
でも…どうして私だけ動けるの? なぜ…?

そのとき、ササヒカリは思い出していた。幼い日に、母から聴いたおとぎ話の最後の最後。
世界は終わってしまうけれど、ほんの少しの希望が残る。それが、ササヒカリ、あなたなの。あなたは、最後に残された小さな、ほんの小さな希望の光。些々光(ささひかり)なのだから。

世界が、可愛くなって行く。

凡力本店(HB) 2005/01/17


あとがき


ット仲間のオフ会で、ほとんど酒の勢いで書く事が決まったような(^ ^;;)リレー小説「一作目」です。
なんの打ち合わせもなく、いきあたりばったりでしたがなんとか走破しましたね〜
皆様、おつかれさまでした。
言い出しっぺが自分だったので、ラストは書き過ぎちゃいました…次回は中継ぎで頑張ります(笑)
アキコ・メイヨの名前の元になった、米女優バージニア・メイヨが1月19日、84歳で亡くなったそうです。
凡力本店(HB)

うもかわうそうータンであります。どうなるかと思ってましたが結構まとまって面白かったです。凡力さんに感謝です。
かわうそうータン

きなりですが懺悔します。11章の出だしの重要な感じのエピソードをはしょって数行で適当に済ませてしまい中盤をすっ飛ばす、というネタ(単なる手抜き?)は実はとある小説のパクリです。多分、火浦功の「丸太の鷹」。なにぶん読んだのが10年くらい前なので、もしかしたら違うかもしれませんが。どもすみません。なにはともあれ執筆陣はおつかれさまでした。
うおつら

初は冗談だろうと思ってたのですが、すぐに凡力本店さんが1回目をアップして、ホントにやるのか!と自分の番が来るのをドキドキしながら待ちました。自分が描いたものは見てのとおりなんですが、他の皆さんの読んでると、なんでこんな展開を!と半分ニヤニヤしながら読んでました。皆さんお疲れ様です。
それと読まれた方もお疲れ様です(笑)。
Bonnie

ってきた順番がかなり良い位置だったので、特に苦労もなく「後は任せた」って感じで投げっぱなしにすることが出来ました。でも、文章なんて滅多に書かないので、ネタはすぐ思いついても、それをうまく文章にすることが出来ずにイライラしたり。ってか、文より絵のほうがうまく描けずにイライラでしたが…。なにはともあれ、みんなの個性が出まくりで結構面白かったんでOKですよ。うん。
小さな音

ったにやらない創作活動でしたが、自分や他人のアクションが面白くて
 続きがめっちゃ気になりました。
 自分は絵を提出していませんが、いつか添付できると・・・いやいや、滅多なこと
は言わんでおこう(笑
 ともあれ、リアルタイムで進行する物語って思いの外面白かった!
kai