リレー小説その5
<タイトル未定>
1
「きみ、明日から来なくていいから」
それは突然の解雇通告だった。「は?」呆然とする私。人からは良く無表情とか能面みたいとか
言われていたけど、その時の顔は、絵に描いたような「ポカーン」そんな表情だったろう。
それと対照的に、そう私の心情とは関係なく照りつける残暑の陽射しは強く、残酷だった。
思えばその日は朝からツイていなかった。
ケチの付き始めは駅前のアンケートで捕まってしまった事からだった。
「急いでますから」そう言っているのにも関わらず、チャラチャラした感じの若い男にしつこく
数十メートルも食い下がられ、根負けしてアンケートに答えたのだった。質問の内容なんて上の空
で適当に答えて「ギリギリ間に合う」そうしてホームに降り立った時聞こえてきたのは、人身事故で
ダイヤが乱れているって放送。もちろん私が使う電車がもろに影響を受けている。
ツイてない時は重なるのだ。
会社に連絡しておこう。そう思い立ち、バッグから携帯を取り出して脱力。
「充電されてないじゃん…」最新機種を横に並べると間違いなく「技術の進歩は凄いネ!」と笑われる
であろう単色表示液晶の古くてかさ張る携帯を手にうなだれた。以前から調子は良くなかったが、
機種変更が面倒でずるずると使い続けてきたのだった。いや、滅多に着信もなかったし、あったとし
ても会社。それ以外ではこちらからかける事も相手もいなかったので、基本料金だけを払い続けて
いたと言った方が正しいだろうか。
「マメに連絡を取り合う存在…居ないな。うん居ない」うなだれた姿勢のまま心の中でつぶやき、
細めの目を更に細め口元をわずかに歪ませて自嘲気味に笑いつつ、固定電話がホームになかった
事にいまさら気付く。次に改札を出れば売店前に電話があった事を思い出し、改札を抜けその場に
行くと故障中。そしてテレホンカードを探そうと財布を出そうとした時、財布を忘れてきた事に気付いた。
小銭入れはあったが、その中味は数百円と言う寂しいものだった。もう笑う気も起こらないまま近くの
コンビニの電話を使いに行こうとした時、電車が来るアナウンスが聞こえてきた。
約一時間遅れで会社に着いて、開口一番社長に言われたのが冒頭の台詞だった。
社員数名の吹けば飛ぶような小さな会社。そこの事務全般と言うか雑用をやっていたのが私だった。
やる事が多い割に給料だっていいわけじゃない。その事に文句を言った事もない。
言いわけがましいが今まで無遅刻無欠勤だった。「なのに理由も聞かずクビ?」そんな感情が顔に
出ていたのか、社長が「今日の分までは終わらしてな。定時まで」と言った。
「絶対仕事した分は振り込めよなぁ」そう心の中で思いつつ居たたまれない雰囲気の中私は仕事をした。
その間会社にも予備で置いてあった充電器で携帯の充電をしておいた。我ながらセコイと思ったが、
そんな気分だったのだ。定時になり荷物を…まとめるまでもなかった。いかにも事務ですと言った感じの
制服は私物ではないし、以前気を利かせて自腹で買った社員分の湯呑みも持ち帰る気に何かなれな
かった。クビになるにしたって仕事の引継ぎもあるだろうが、そんな雰囲気でもないし、気分でもない。
「それじゃあ」私はもう来る事のない会社を後にした。
気分は最悪だった。こんな状況で楽し気にしろって方が無理だ。街はこれから飲みに行こうかと言う緩んだ
表情のサラリーマンやOLが段々増え始める時間帯だった。自分自身もさっきまでOLだった事を思い出しつつ、
次には冷静に失業保険の事を考えていた。ムカムカしていてもそんな計算をしている自分にうんざりした
時だった。
携帯が鳴った。
有國 2005/09/14
2
電池切れなのに?
そう思って携帯のウインドウを覗くと電池が満タンに復活していた。
会社で充電していたのを私は思い出した。
私は、携帯の通話ボタンを押した。
『ご無沙汰でございます。お仕事ですよ』
「いまどこなの?」
『あなたの後ろです』
私は振り返った。策士のニヤニヤ笑いが横断歩道の向こうに見えた。
策士はこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「もっと良い電話を支給するとあれほど言っておりますのに」
「いらないわよ、これで掛かるもん」
「マチコさんはあいかわらず保守的なのですね」
策士とは結構付き合いが長いのだが、ぜんぜん歳をとらない。
整った顔でスーツをビシッと決めて、いつもニヤニヤしているいけすかない男だ。
「また、仕事の方おねがいしますよ」
「かまわないわ、今お金が必要だし」
「……また、首になられたのですか?」
「うるさいわねっ! わたしのせいじゃないわよっ!」
「こちらの方を本業になさるおつもりはございませんか?」
「いやよ、人殺しなんて本業にするもんじゃないわ」
「普通副業にもいたしませんが」
「だまんなさい。ターゲットを教えて」
策士はカバンから書類袋を取り出した。
「警戒は少ないので、大したことはない仕事です。これは手付けで」
策士は札束を無造作に入れた銀行の袋を私に手渡した。
「期日は?」
「一週間ほどとのご要望です」
「結構急ぎね」
「マチコさんを信頼しているからこそですよ」
「了解したわ、じゃ」
「死して屍拾う者なしですよ」
策士は笑って言った。
「大江戸捜査網よりは、必殺シリーズの方が似合ってない?」
「晴らせぬ恨みを代わって晴らす商売ではありませんよ」
策士は手を振って雑踏の中に消えていった。
あんな優男なのに、仕事はヤクザ周辺の便利屋のような事をやっている。
策士というあだ名通り、色々策略を巡らすタイプの男だ。
油断はならないが、信頼を置けないというわけではない。
私はブーツに仕込んだトレンチナイフを確かめたあと、道端の喫茶店に入った。
普通のOLが殺し屋をやる事には幾つか利点がある。私はごく普通の背格好、容姿なので人に紛れやすく、警戒もされにくい。ターゲットに接敵しやすいのだ。
私は武道の心得はないのだが、人はナイフを差し込まれて生きて居られるほど強靱な生物ではない。急所に差し込む身のこなしさえあれば、どんな大男でも殺す事ができる。必要なのは生きている人間にナイフを差し込む覚悟だけだ。
コーヒーを頼んで、書類を見る。
「うわっ……」
写真を見て絶句してしまった。
これは……。

かわうそうータン 2005/09/16
3
アパートに帰って、シャワーを浴びる。
冷蔵庫から、アクエリアスのペットボトルを出して、よく冷えた中身をコップに注ぐ。
キッチンの椅子に座って、濡れた髪をバスタオルで拭きながら、冷えたスポーツドリンクを喉に流し込む。
うるおいが、体中の細胞に染み渡る…
「フーーッ」
大きく一息。
さて…どうしたものか。
私は、この”業界”では仕事が速いので通っている。
速くて、確実。
簡単な仕事なら、請け負ったその日に済ませてしまうことさえ有る。
失敗した事は一度も無い。
しかも、高額な報酬を要求しないので、裏社会では引く手あまたというところだ。
ハッキリ言って、殺し屋の実入りは良い。業界の相場に照らしてみれば、特に高額でないとはいえ、しょぼくれた会社の事務員などとは、比べ物にならない。
それでも、私は必要以上に仕事をとらないことにしている。
殺しが好きなワケじゃない。やらずに済まされるのなら、それに越した事は無いのだ。
しかし、どうやら殺しは、私の天職らしい。
OLをクビになったその日に、絶妙なタイミングで“仕事”の依頼が来るとは……今までにも何度か、そんなことがあった。
よっぽど、どこかのだれかさん(神様か悪魔か…または策士か?…)は、私に殺人をさせたいらしい。
……ちょっと強引だが、そういうことにしておこう。
とにかく今は、お金が必要なのだ。
「フーーッ」
また一息。
策士に渡された、書類袋に入っていた写真を見る。
私が写っている。私の半身像だ。
見覚えの無い黒っぽいジャケットに、見覚えの無いシルバーのネックレス。
髪には少しウェーブがかかっている。(今の私はストレートヘアだ)
盗み撮りとか、スナップ写真の類いでは無い。引き延ばして、額装しようという様な、肖像写真だ。
いつ、こんな写真を撮ったのか、記憶が無い。
書類によると、ターゲットの名前は、須藤町子(すどう・まちこ)。
一部上場の大手商社「ヒライズミ」の社長秘書。米国の有名大学卒。30歳。独身。
「30歳独身は同じだけど…ヒライズミの社長秘書と、零細企業の事務員とじゃ、雲泥の差よね」
自嘲気味に、口元が歪む。
そう言えば、策士は自分の事を「マチコさん」と呼ぶ。
マチコというのはコードネームだ。本名ではない。
須藤町子……この女性は、明らかに自分だ。自分が見ても、自分の写真としか思えない。
「これがターゲットって…どういうこと?」
おもわず、ひとりごちた。

凡力本店(HB) 2005/09/21
4
封筒を開封するのに使った愛用のポケットナイフを指の上で躍らせながら、さらに詳しい資料に目を通す。
資料にはダーゲットの1日の行動パターンや前後1ヶ月のスケジュール、仕事上の人間関係、プライベートの人間関係等々が書かれている。
写真は間違いなく私だったが、それ以外はまったく私とは違う。
「…須藤町子」
名前に思い当たる節はない。
もっとも、こういう仕事は、過去に何かで関係した人物をターゲットにするという事はないので当然の話だ。
もちろん表の仕事での知り合いにも、ピンとくる人物はいない。
写真を見直す。
「この顔でピンくる人は、あなただけなのよねぇ」
首にタオルをかけ、だらしない格好をしている鏡の中の自分を指差してみる。
そんな芝居じみた事をしても何が起こるわけでもない。
ふと、いつもの”仕事”の時とは違う自分に気付いた。
相手の情報だけを頭に入れる作業のはずが、相手の事についてあれこれ考えてしまっている。
たとえターゲットがどんな相手であっても感情移入をしないというのはこの仕事の常識だ。
はぁ、とため息をつき視線を書類からそらす。
指の上ではポケットナイフがくるくると回っている。
…しばらくそれを見る。
これは文章を読むときの私の癖だ。
学生の時にペン回しをしながら勉強していたので、今になってもそれが癖になってしまっている。
ポケットナイフの刃が出ているところがペン回しと違う点といったところか。
ちなみにこのポケットナイフ、普段は表の仕事での事務作業に使っている。
大きさも手ごろで使いやすいのだ。
会社での事務作業以外では、人を刺したりするのにも重宝している。
ポケットナイフだからといってバカには出来ない。
手に隠し持てるというのは大きな利点なのだ。
わざと相手に捕まれてから、隠し持っていたナイフで相手がひるむまで何度も切りつける…というのがポケットナイフの小ささを生かした1つの常套パターンだ。
上手く腱の1本も切る事が出来れば後はどうにでもなるし、そうでなくても大抵は相手がその場でうずくまるくらいの傷を与える事が出来る。
よほど訓練を受けていれば反撃でもしてくるだろうが、今の日本でその様な人間は皆無といっていいだろう。
実際、今までこの方法で反撃を受けたことはないし、トレンチナイフで一気に頚動脈を切るより血が飛び散らず、あまり周りが汚れないので結構お気に入りの方法だったりするのだ。
…。
「痛っ」
生き物のように指の上で踊っていたナイフが急に駄々をこね滑り落ち、刃が軽く腕をなぞった。
プクっと血が盛り上がった。
そして写真の上にポタリと落ちる。
写真の顔が血で汚れる。
その血を見て、写真の人物と自分が完全にダブった気がした。
そしてなにかが頭の中をよぎったその時、アパートのドアをノックする音が聞こえた。

小さな音 2005/09/23
5
「はい」
ドアの覗き窓から外を窺う。
そこには、継父が居た。
私の生家は、山奥の寒村にある旧家らしい。
らしい、というのは、生まれてしばらくして里子に出されたからだ。
その地方では双子は忌み子とされ、5歳の誕生日と共に片方が家から出される。
私は双子としてその家に生まれ、その家の分家である継父と継母の家に貰われた。
血が繋がっていないこと、忌み子であることを良いことに、幼い頃は散々だった。
外面はよいが家庭では暴力的な継父と、それを見て見ぬ振りをするばかりか助長すらしていた継母。
虐待は私の成長と共に激しさを増し、思春期を迎える頃には最高潮に達していた。
特に家を出る少し前の継父からの仕打ちは、今でも思い出しただけで悪寒が走る。
私の表情が乏しいのも、人を人形のように扱える、つまり殺しをしてもさして罪の意識を抱かないのも、
おそらくこの頃の体験が元だと思っている。
そして、ニヤニヤした顔が嫌いなのに避けられない理由も。
策士とは違うそのニヤニヤが張り付いた顔が、今ドアの前に居た。
「何の用?部屋には入れないわよ。早く帰って」
思わず身体が固くなる。
「まぁそういうなよ。出張のついでに近くまで来たから寄ってやろうってんじゃないか。
聞けば失業したそうじゃないか?友達の鈴木君が教えてくれたぞ」
出張は嘘だ。それに、私に友達なんか居ない。策士の差し金だろう。
おおかた、鈴木なんてありふれた名前を使って何気なく連絡したんだろう。本当に油断がならない。
この家だって、策士と会社の人間以外は知らないはずだ。
「それに、お前だって久しぶりに楽しい夜を過ごしたいだろ。今夜は泊めろよな?」
「嫌だ!帰れ!!警察を呼ぶぞ!」
「あァン?ナニぬかしてんだこのクソガキは?!フザケんじゃねぇぞコラ!さっさとドアを開けろ!」
「もしもし110番ですか!?変な人が家に怒鳴り込んで来てるんです!助けて下さい!!」
「チッ、覚えてろ!次会ったらただじゃ済ませねぇからな!!」
ガスガスッとドアを蹴り上げた衝撃が板越しに伝わり、アパートの廊下から人影は消えていった。
本当は警察に電話なんてしていない。
しばらくの間、私はふるえが止まらなかった。
そうだ、思い出した。
あの頃に継父から受けた仕打ち、継父母達のこと、生家から身請けされた日のこと、残された双子の姉。
離ればなれになった姉、私の半身、もう一人の私。私たちの名前。
逃げるように都会に出てきた頃の事、都会に出てきて最初に殺った時の事、策士との出会った瞬間の事。
とっさに出た、コードネームの由来。
人を殺すときの感触。何故ナイフを使うのか?それは、生と死の感触が直に手で感じられるから。
迅速かつ確実に殺しを実行し、かつ高額の報酬を受け取らないのは、なにも捕まらない自信があるだけじゃない。
楽しいんだ。
ターゲットの気づかぬ内に近づき、何の前触れもなく刺し、当惑する様を眺め、懇願する顔を睨め付ける。
そんな夜は決まって興奮で寝付けない。ちょうど今のように、一晩中ふるえが止まらない。
ははは、楽しいじゃないか。
須藤町子。私の大事な町子。待っててね私の大事なターゲット。
殺しの最初は偶然かもしれないが、今では必然だ。
今日はもう遅い。明日から下準備に取りかかろう。
それから継父に居場所を知られてしまった。報酬を当てにして、新しい住処も探さないといけない。
忙しくなるな。そして、楽しくなる。
まだ少しふるえる肩を抱いてドアの前から立ち上がり、倒れるようにしてベッドで横になった。
6
いつの間にか眠っていたらしい、気がついたときは朝だった。
今は午前六時三十分。
目覚ましをセットしてはいなかったけれど、普段の生活のリズムが私を起こしたのだろう。もう、行く会社もないというのに。
部屋のカーテンは開けっ放しだった。
窓から射す日の光が目に痛い。
私の朝は、まずはシャワー。
寝ぼけた頭をすっきりさせる。
そして軽い朝食。
私は朝食はトースト派。それと、野菜ジュースと、卵。
朝食に卵は欠かせない。
オムレツ、スクランブル、目玉焼き、ゆで卵、なんでも良い。
なんでも良い、が譲れないものもある。私は卵は好きだけど、火の完全に通った卵は嫌いだった。
とくにゆで過ぎて完全に火の通ってしまったゆで卵なんて、食べれたものじゃない。刻んでマヨネーズであえて、マスタードもちょこっときかせて、パンにはさむくらいしないと、食べる気になれないのだけど、そもそも手間を嫌がってゆで卵で適当に食事をすまそうという時に、そこまでしてしまうのは本末転倒も良いところだ。
だから、卵料理は半熟でなければならない。
そういえば、昔同棲していた男の子と、卵の湯で加減でケンカしたことがあったっけ。他人から見れば些細なことではあるとは思うし、自分でもケンカするほどのことか、と今更ながら呆れる。
でも、その頃の私達はまだ若かったから、ほんのささいなコダワリが譲れなかったのだ。
その彼は、卵は固ゆで派だった。
そんな硬くなった上に黄身がもそもそした卵のどこが好きなのか、と彼に一度聞いたことがあった。
そのとき彼は、ちょっと考え込みこう言った。
「おれはハードボイルドな男だからな」
彼はいい人だったけど、いつもこんな感じだった。
面倒になるとすぐに冗談を言って会話をそこでやめてしまう人だった。
なかなか本心を語らない人だった。
そんな彼とも色々あって別れてしまったけれど、あの頃が私の一番幸せな頃だったのかも知れない。
私はもう汚れすぎてしまった。もう、幸せを感じる権利すらないのだろう。
ただ、日々を送り、ただ、殺す。
「 ・ ・ ・あ、いけないっ」
鍋を火にかけたまま、ぼーっとしてしまった。
つい、昔のことなんか思い出したりしたから。
私のゆで卵は、ゆで過ぎ、完熟、ハードボイルドになってしまった。
「ハードボイルドだって ・ ・ ・。馬鹿みたい。」
シンクで流水にさらされたゆで卵を眺めながら、そうつぶやいた。
うおつら 2005/10/03
7
「きみ、明日から来なくていいから」
それは突然の解雇通告だった。「え?」呆然とする俺。人からは良く表情豊かとか芸人みたいとか
言われていたけど、その時の顔は、絵に描いたような「ガクーン」そんな表情だったろう。
足取りは重い、仕事は長続きしない性質といえ、生きて行くためには先立つものが必要だ。
仕事をする事に不満は無いし、むしろ働く事は尊いと教えられてきた。
人間関係だって、多少の事には目をつむれば、難なくやっていける、人のあしらい方にも慣れている。
我慢と笑顔。この二つだけがとりえのような、そんな人間だ。
表向きは。
解雇の理由は解っている、たいてい客や得意先からのクレーム、詳細など聞かされない。
頭ごなしに解雇通告、いつものパターン。
仕事を転々とする事には慣れている。
専門職でも無い限り。
同じ事を繰り返すのだって慣れている、それは熟練につながる。
職を失った後、馴染みの喫茶店で珈琲を飲む事も同じだ。
子供の頃、親に飲まされたブラックは味覚の警戒を高める事に大きく役立った。
ただ日々を安穏と過ごす少年の心に、決してブラックは飲むまいという信念を植えつけた。
ミルクと砂糖の分量を毎回的確に目測する事、傍から見れば病的であるか。
あるいは珈琲通気取りで苦いブラックをやせ我慢しつつ飲み干す輩への反抗か。
やがて珈琲の中に極上のハーモニーができあがる。多くても駄目、少なくても駄目。
分量を誤ったときは一口で店を立つことも有る。
ここのマスターはそんな客にも嫌な顔をしない。馴染みなのだ。
思案にふけりつつ、最後の一口は顎を上げ、まるで杯を飲み干す様に頂く。
ため息ひとつ。いつものパターン。
携帯が鳴った。
『ご無沙汰でございます。お仕事ですよ』
「どうせ近くに居るんだろ?」
『あなたの後ろです』
いつものパターンだ。
犬飼総理 2005/10/05
名も知らない男から、資料が入ったヨレヨレの紙袋を受け取る。
会話は一切しない。
そんなものは無意味だからだ。
こっちの仕事は作り笑顔を必要としない、そういった意味では楽だ。
与えられた仕事を淡々とこなすだけで良い。
命の危険に晒される事もあるが、そんなものは気のあわない上司のグチに比べればどうって事はない。
人の命を守る仕事と言うのは、案外簡単だ。
ストーカーよろしく、ターゲットの後を付いていれば良いだけの話だ。
大抵の場合それだけで殺人は実行されない。
目撃者がいる中で犯行を行うヤツは皆無だからだ。
しかし、何事にも例外はある。
特にヤクザの鉄砲玉みたいなヤツは危険だ。
人ごみの中でも簡単に実行に移す。
ただ、この場合も、適当に間に割って入ればターゲットが死ぬ様な事はほとんどない。
病院で2〜3ヶ月おとなしくしていれば元通りになる程度で済む。
要はターゲットが死ななければいいのだ。
…とまあ、これくらいの仕事は、いわゆる用心棒、ガードマンなんかで事足りるわけだ。
実行者がプロだった場合はどうか。
あいつらは一瞬の隙を突いて確実に急所を狙う。
俺達を撒いて悠々と実行する時もある。
攻める方と守る方、9割9分攻め側有利。
そういう状況の中、6割程度を生かさせているという俺の成績はどうも優秀らしい。
いつもの公園のいつものベンチに座る。
ここで資料を眺めるのがいつものパターン。
隣に女が座る。
ケチがついた。
立ち上がろうとする…が、不意に女が話し掛けてくる。
「───────。」
女はどうでも良い事を喋っている。
玉子を茹で過ぎたから、どうだと言うのだ。
適当に相槌を打つ。
紙袋の中に入っている写真の女が隣の座っている、なんて事はもちろんこの時点では知る由もなかったわけだ。

小さな音 2005/10/10
9
「ふーん…今回はこういう展開かあ。」
とあるホームページ上で公開されている、リレー形式の小説。これに最近、私はハマっている。ネットサーフィンなど、さっぱりしなくなった最近、仕事の資料をネットで検索していて偶然見つけた。最初は何の気なしに字面を追っていただけだったのが、気づいた時には毎日一回、更新状況をチェックするようになっていた。内容が特に面白いわけじゃないのに、なんでだろう?自分でもよく解らない。
数人の執筆者が、リレー式にストーリーを展開して行く小説なのだけれど、まとまりがあるような、無いような。つまらないかと思うと、たまに結構面白かったりする。だからついつい、読んでしまうのだ。毎回ほぼ同じ執筆メンバーで、過去4作品完成させている。今、5作品めが進行中で、リアルタイムで更新されている。5本目ともなると、マンネリ化し始めるので、メンバー達がそれを避けようと工夫してるのが、読み手にもよく判る(笑)。
「結構、こういうのって書くの大変そうよね。時間もかかるし…どんなヒマ人達なのかしらね。」
お気に入りに入れて、チェックは欠かさないものの、感想メールを送ったり、ホームページの掲示板に書き込みしたりすることは、無い。こういう人たちはきっと、ちょっと感想でも書こうものなら、「読者タン、 キ タ━━━━( ゚∀ ゚)━━━━!!!!」とか言って、勝手に盛り上がったりするに違いない。(実際、まったく感想とか来てなさそうだし)
それに、こっちが女だと判った日にはいろいろと面倒なことになりそうだし…
午後3時。
総合商社ヒライズミの、社長室に繋がる秘書室のデスク上には、香り立つ一杯のコーヒーカップが。豆は挽きたてのマンデリン。もちろんブラック。私が、自分のためにいれた至福の一杯だ。
この時間、社長はほぼ毎日、どこかへ外出している。秘書である私が同行しないのも、行き先さえ把握していないのもおかしな話だが、それが当然の事のように何ら問題も無く業務は進行し、会社は利益を上げている。心の片隅で、「これってどうなの?」とつぶやき続けていたプロ意識も、このごろはまったく無口になった。
たっぷり2時間ほど、コーヒーを楽しみながら、雑誌を読んだりネットを巡回するのが最近のパターンだ。
「一回くらい書き込みしてやるかな…今回、結構苦労してるみたいだし(笑)」
展開に煮詰まったリレー小説に、どういう風の吹き回しか、感想を書き込んでみようと思い立った。

「BBS」のリンクをクリックすると、書き込み用のフィールドが現れる。
「さてと…書き出しはどう
デスクの上の電話が鳴った。
「社長室でございます」
瞬時に仕事モードに切り替わる。私はプロだ。
「……社長さんはいらっしゃいますか」
「失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」
「社長さんは、いらっしゃらないわけですね」
自分から名乗らないような、無礼な男の電話を、なぜ社長室に繋いだのだ。
「木出は外出しております。わたくし秘書の須藤と申します。ご用件を承りますが」
「須藤町子さん」
その瞬間、思い出した。この声には聞き覚えがある。
「用事があるのは、あなたにですよ。」
もうずっと、忘れていた声だ。
『ご無沙汰でございます。お仕事ですよ』
凡力本店(HB) 2005/10/13
10
気合いを入れて化粧する。
書類に在ったブティックでスーツを買う。
鏡に写る私の姿は、写真にあった社長秘書その物だった。
二の腕にナイフの鞘をベルトで固定し袖を伸ばして隠す。トレンチは細身なので目立たない。
体の色々な場所に隠しておけるのがナイフの良いところだ。
ポケットナイフもハンドバックへ。
さて、双子の姉を殺しにいきますか。
高級スーツに似合わない薄汚れたアパートから私は出発した。
電車に乗り込んで丸の内を目指す。
午後十時。
肉親を殺す事に、何のためらいもない。
ナイフの刃の前には人は平等だ。
東京駅で降りて、丸の内へ。
ターゲットの会社に着く。
自然に社内に入る。
受付嬢が私に黙礼をする。
この時間は須藤町子は一人。社長室に居る。
エレベーターに乗る。
七階を押す。
上昇。血が少し下がった感じがする。袖口のトレンチに触る。エボナイトの柄がいつもと変わらない手触りを伝えて来て私は少し安心する。
エレベーターが止まる。
フロアを歩く。
静かな場所だ。
社長室と書かれた重い木のドアを開けた。
ターゲットが居た。
ドアを閉める。
須藤町子がこちらを見た。
私の体に違和感が走る。
彼女の目には驚きが走る事もなく、慌てる様子もない。
なにかおかしい。
「あなた策士にはめられたわね」
須藤町子は銃を構えて居た。
「あなたを殺せば私の罪は不問にしてくれるそうなの。運が悪かったわね」
銃口がマンホールのように黒い穴をこちらに見せていた。
息が詰まった。
「そんな事信じてるの?」
「策士は策を使うけど、嘘は付かないわ、お姉ちゃんの為に死んでね、ごめんねサチコちゃん」
ああ、私の本当の名前はサチコっていうのか。
須藤町子の指に力が入るのが見えた。
「まるで自分を殺すみたいだわ……」
こいつ、人殺しの経験があるな、と思った。
苦悶の表情もなかった。
薄笑いしてやがる。
銃の構えもきちんとしていた。
なんだ、生まれた時と同じように、また姉に踏みつけにされるのだな。と私は思った。

サイレンサーでくぐもった銃声が二発、社長室に響いた。
私の前に冴えない男が一人突っ立って、銃弾を受けていた。
あれ、昨日公園で会った……。
「はやく、逃げるんだっ!!」
私は冴えない男の言葉に従った。
「ま、まちなさいっ!!」
フロアを駆ける。
後ろから何発か銃弾が飛んで来たが、当たることは無かった。
エレベーターホールを抜け、階段に向かう。
ちらりと振り返ると、社長室から須藤町子が追って来ているのが見えた。
冴えない男はエビのように体を丸めて血の海に沈んでいた。
肩が動いていた。
生きてる。
私はちょっと、ほっとして私は階段を駆け下りた。
階段を駆け下りる。
豪華なエントランスを抜けて、社外に出た。
クラクションの音がして、そちらを見たら、策士がニヤニヤ笑いながら車から手を振っていた。
私が助手席に飛び込むのと、彼が車を急発進させるのが同時だった。
「みてくださいよ、彼女、銃を持ったまま外を走ってますよ」
策士が含み笑いをして言った。
策士が言った通りの光景がリアガラス越しに見えた。
「明日からどう言い訳をして出社するのでしょうねえ」
私は袖口からトレンチを抜いた。
「説明、しなさい」
策士の喉に突きつける。
「策を使うのが、私の仕事ですよ」
策士はニヤニヤ笑った。
ああ、なるほど、よほど策士の客を怒らせたのだな、我が姉は。
社会的地位を剥奪してから殺したくなるほどに。
「さて、さらにお仕事は続きますが、ここからは追加料金が付きますよ」
やれやれ、豪勢な仕事になりそうね。
かわうそうータン 2005/10/14
11
「うう、痛え。マジで死にそう ・ ・ ・。」
横たわるおれの下に血の染みが広がっていく。
ここの社長の自慢の一品、ペルシャの女の子が丹精込めて編み上げた最高級の絨毯が台無しだ。
一応仕事柄、防弾防刃のジャケットは着ては、いる。
だが、完全防備をして街中を歩くわけにもいかない。普段着の下に仕込めるものはせいぜい、胴と胸を守る程度のものだ。
二発撃たれた弾の内、一発はまさに心臓の上に命中していたが、ジャケットのお陰で助かっていた。
しかし、もう一発の銃弾はおれの肩を撃ち抜いていた。
胴と胸しか守らない防弾ジャケットを呪うべきか、頭を打ち抜かれなかった事を神に感謝するべきか。
しかしあれは一体どういうことだ。
おれが守るべき女、名前はなんと言ったか。魚沼ひかり、とかなんとか。まあ名前なんてどうだっていい。とにかく、あの女。数日前に会社をクビになった、おれと似た境遇の女。
そんな女がなぜこのような大手商社に顔パスで入れるんだ?
そして、社長室でいったい何を?
おれを撃ったあの女、魚沼と同じ顔の女はなんだんだ?
あの女が魚沼の命を狙う人間だったのなら、魚沼はなんのためにここに?
策士は一体何を考えている?
なにやら頭がこんがらがってきた。
異常事態に頭が対処できないのか、頭がぼうっとしてきた。
いや、血の出しすぎだ。
こいつはマズイ。早く止血をしなければ。
体を起こそうとしたが、胸に激痛が走った。
肋骨が何本かイったか。
タンタンタンタン・・・・。
誰かが廊下を走って近づいてくる音がする。
さっきの女が戻ってきたのか?
いよいよマズイ事態になった。
しかし思うように体が動かせない。
そして、逃げるにもこの血まみれの姿じゃどうしようもない。
「ゲームオーバーか」
思えば、今朝のあれがいけなかった。
魚沼の家の前で張り込んでいたとき、近くの自動販売機でカフェオレを買ったら、普通のコーヒーが出てきた。
もう一度、120円を投入して、カフェオレのボタンを押したら、ガタン、と音はしたのだが、缶は出てこなかった。詰まりやがった。
あきらめて、最初にでてきたコーヒーを飲んだら、よりにもよって無糖だった。ブラックだ。
三度目の挑戦を諦めるべきではなかった。だが、おれは諦めた。そして、ブラックのコーヒーを飲んでしまった。
そもそも、自販のコーヒーを飲むこと事態、俺にとっては妥協なのだ。
その上、缶のまずいコーヒーを砂糖やミルクで味をごまかすことなく、ストレートで飲まされるなんて。
しかし、飲んでしまったのだ。
おれは妥協に妥協を重ね、信念を曲げてしまった。
そんな男をツキは、見放す。
ガタン。
扉を開け男が入ってきた。
あの女ではなかった。
その男は清掃業者の格好をしていた。
男はおれを見下ろすと、驚愕の表情を浮かべた。
きっと、そのとき俺も同じ顔をしていたのだろう。
文字通り、その男と俺は同じ顔をしていた。
うおつら 2005/10/20
12
「お…俺?」
目の前に俺が倒れている。いや、俺と同じ顔をした奴と言うべきか。
情報ではココには須藤町子しかいないハズだった。
しかし何だこの状況は。何で俺と同じ顔をした奴が血まみれで倒れてるんだ。
「ア…アンタは一体…?」
「じゅ…順也…か…?お前…まだ生きて…いたのか…」
「誰だアンタ!?何で俺の名前を!?」
「お前も…策士に…?」
策士?コイツも奴と繋がってるのか?俺は須藤町子を守れとの依頼でここに来た。
最初は下見のつもりだったが、急遽策士から急行しろと連絡が入って来てみたらこれだ。
何の説明もしない策士の緊急連絡は正直いつもイラついてたが、今はそんな事はどうでもいい。
ただこの状況を把握するのに精一杯だった。
「おい!アンタ!ここで一体何があった?ここにいた女はどうした?」
「魚沼ひかりは守った…女は追って…」
「魚沼ひかり?誰だ?ってかアンタは何者だ?」
「…」
「アンタは何で俺の事を知ってる?」
ダダダダダダ…
大勢の人が近付く足音がする。先ほど銃声が聞こえたせいだろうか。
「チィ…俺はもうダメかもしれない、早く行け…」
「…アンタ、俺に似てる。いや、同じ顔だ。この状況から逃れる事も可能だろ?」
「…」
「俺はとにかく逃げる。アンタには聞きたい事がある。生きろ」
「…相変わらず無茶言うなお前は」
「とにかく生きろよ!じゃあな!」
部屋を出ると同時に数発の銃声とガラスの割れる音がした。
警備員と数名の社員が賭けつけて来た。
「た、大変だ!社長室の中が血の海に…!」
いつもの大袈裟な演技だ。しかし誰も疑わない。むしろ心配してくれる。
警備員を先頭に次々と部屋の中に入る社員達。お陰で現場は荒れ、足がつかなくてすむ。
そして混乱に乗じてその場を去る。簡単な事だ。
清掃業者の服を脱ぎ捨て、策士に連絡を取ろうとするも携帯が繋がらない。
また仕事をしくじった事を告げるのはダルいが、これもいつもの事だ。
しかし一体誰だったんだあの男は。魚沼ひかりって誰なんだ?
詮索しないのがこの仕事の鉄則だが、同じ顔をした男を見たら気になって仕方ない。
とりあえず側にあった自販機で缶コーヒーを買い飲干した。
Bonnie 2005/10/24
13
私は銃を手にしたまま、走る。
失敗した。あんなところで変な男が飛び出してくるなんて!
でもこのくらいは想定の範囲内だわ。今頃「順也」が事態を掻き回してくれてるはず。
あいつは、守り屋としては最低だけど、トラブルメイカーとしては最適ね。
サチコと絡めて「策士」側の作戦を混乱させるつもりだったから、
結果としてこれから向こうに回ってくれれば、それでいい。
この銃だって、現代の日本で本物を振り回してるなんて考える人は少ないはず。
ましてやこんなうら若き乙女が発砲したなんて、証言した人が疑われるわ。
ちょっと気になるのは、あの変な男が順也に似ている気がした所かしら。
あいつらも事情があると聴いたことがあるけど、それは今関係ない。
あの辺の連中が事の真相を知っている訳が無いから。
ともかく私はあの策士と手を切るべくこの作戦に乗ったんだから、引き返すことは赦されない。
早く、駅に行かなきゃ。
上着で銃を隠しつつ、私はタクシーに乗った。
相変わらず策士への電話は通じない。
クライアントを守りきれないのはいつものことだが、今回はいつもと何かが違う。
思えば、最初の依頼が策士からじゃなかったのがケチのつけ始めか。
いつもなら電話で依頼がくる所を、今回に限ってはいきなり書簡が来やがったからな。
途中でもらった電話も、心なしかいつもより焦っていた気がする。
もっとも、あいつに嘲笑以外の感情が有れば、の話だが。
ともかく仕事は終わっていない。須藤町子を探して、事の成り行きを整理しないと。
人々が右往左往する中、エントランスから外へ出て原付スクーターに乗る。
・・・あっ、アレは!
現場からしばらく走った国道で、須藤町子に似た女を乗せた車とすれ違った。
それに、運転席の男は策士!?一体どうなってるんだ!
ともかく追いつかないと!交差点で無理矢理Uターンし、車を追いかける。
直線では明らかに分が悪かったが、こっちは小回りが利くスクーター。
あと少し!の所まで追いついた・・・が、すんでの所で取り逃がした。
スピード違反で警察に止められたのだ。
「それで、続きの仕事ってなに?」
「簡単なことです。ご実家に帰ってください」
「イヤ。あんな惨めで居場所のないところ」
「いえいえそちらの家ではなく、本当のご実家の方ですよ」
「・・・え?」
「ですから、お姉さんと貴方が生まれ育った、本当のご実家です」
「なんのために?」
「言ったでしょう。お仕事は未だ続いて居るんです。お姉さんもご実家に戻る筈です。
嫌でしたら、今回に限っては降りることもできますよ」
「そんなこと、する訳無いじゃない。で、どうすればいいの?」
「ではこのまま駅に降ろしますから、もう一人の雇い人と一緒にご実家へ向かってください」
そういいながら策士は、携帯電話を取り出していづこかへ電話する。
「もしもし、順也君ですか?お仕事の守備はいかがですか?」
「・・・!?・・・!・・・・!」
「そうですか、お気の毒に。それはそうと次は駅前の喫茶店に向かってくださいね。ええ、そのままです」
「・・!!・・・・!・・」プチッ
酷い扱いを受けているようだ。
「あ、マチコさんにひとつだけ先に申しておきます。
これから会う雇い人は順也君と言いますが、用が済んだら彼も殺しちゃってください」
「酷いヤツだな、お前。だいたい用が済むって、何が終わったら済んだことになるんだ」
「詳しくはここにまとめておきました。待ち合わせの喫茶店で読んでください。
ただし、順也君のことは書いてありません。横から覗かれたら困るでしょ?」
「分かった。じゃあまた連絡ちょうだい」
「あいかわらず物わかりが良いですね、サチコさん」
「おまえなんでその名前を・・・」
「さあ着きましたよ。あとは宜しくお願いします」
バタンっ。車を降り、私は指定された喫茶店へ向かった。
くそっ、ツイてない!
日本のおまわりはよっぽどヒマなんだな。ねずみ取りやるヒマで殺人犯を捕まえろよ!
それに策士も相変わらず酷い!少しは労ってくれても良さそうなものを・・・。
おっと、違反金納付のためにも今は働かなきゃいけない。
取り調べの後、策士からの指定通り駅前の喫茶店に急いだ。
窓際の席に、須藤町子は居た。以前の指定の通り、高級スーツに身を包んだ髪の長い女性。
近づくと向こうも気がついたのか、軽く会釈する。
席に着き、コーヒーを注文する。もちろん、男は黙ってブラックだ。
「で、これからオレはどうすりゃいいんだ」
「これから或るところへ行きます。貴方も一緒に来てください」
「正直、クライアントと接触するのは初めてなんだが・・・いいのか?話しても」
「ええ、かまいません。任務さえこなしていただければ」
「厳しいことを言うなぁ。まあいいや、さっさと行こうぜ」
「あ、行く前に一つだけ。これから私の双子に会いますが、くれぐれも混乱しないように」
「あ、ああ。わかった。なにか目印は?」
「・・・左手首のこの傷くらいかしら」
「難しいな。一応覚えてとく」
「じゃあ、行きましょう。詳しくは電車の中で話すわ」
「ああ、よろしく」
オレ達は喫茶店を後にした。
思ったより早く駅に着いたわね。
早いところ実家で用を済ませて移動しなきゃ。向こうもとっくに感づいてる筈。
特急で何時間もかかるんだ、早いところ電車に乗ってしまえば少しは休める。
丁度出発間際の電車に駆け込み、そろそろ冷えたであろう銃身をそっと上着のポケットに包み込んだ。
kai 2005/10/30
つづく